アラビア海に面した「最もインドらしくない地域」、ゴア インド(1)
気温8度の東京から、デリーとムンバイを経由して到着したゴアは、優しい日差しに急かされるように、1日が始まろうとしていた。長いフライトで固くなっていた体の緊張感が、暖かい空気に包まれて、すっと抜けていく。
大音量でクラブ音楽をかけながら疾走する地元の路線バス。カトリック教徒の多いゴアらしく、運転席には十字架が置かれていた。マルガオまで片道約45分、1人40円弱。
アラビア海に面したインド西部に位置するゴアは、南北に伸びる美しいビーチが人気の観光地だ。1961年までポルトガル領だったため、インドの他の地域よりもキリスト教徒の割合が多く、「インドの中で最もインドらしくない地域」と言われることもある。「ゴア」という街があると勘違いしている人も多いが(私もその一人だった)、正確には州である。面積は東京都の1.5倍ほどで、インドの州の中では最も小さい。
年末年始をゴアで過ごす大学時代の友人を訪れるのが、今回の旅の目的だった。ゴアには彼女が大学に入るまで、学校の休みにはいつも遊びに来ていた家がある。丘の上にある空港を出て、木々に囲まれたのどかな村がいくつも過ぎていく。家のあるキャベロッサムまでの道のりは、タクシーで1時間ほどかかる。ゴアは、思いの外広い。
彼女の家は、20軒ほどある一軒家のうちのひとつで、正面のゲートには、さほど仕事熱心には見えないが、セキュリティガードもいる。いわゆるゲートコミュニティのようなものだろうか。ほとんどの家は、バケーションホームとして貸し出されており、欧米系の観光客が家族連れで休暇を楽しんでいた。
玄関を開けるとすぐに、教会を思わせる造りの居間と、これを中心に、3つの寝室と台所が両脇に続いている。家を抜けると、手入れが行き届きとどいた庭に燦々と太陽が降り注ぎ、サル川がきらめく。インドというよりは、東南アジアのリゾート地みたいだ。最高気温は30℃を越えるものの、日陰に入れば暑すぎず、丁度良い。
少し休んでから、南ゴアの中心の街、マルガオにあるフィッシュマーケットへ向かった。キャベロッサムからはバスで1時間ほどの距離だ。バス停でなくても、通りかかるバスに合図をすると乗せてもらえる。車内にはステレオがジリジリ言うほどの音量でクラブ音楽が流れていた。地元の乗客は文句も言わず、かといって音楽を楽しんでいる風でもなく、平然と座っている。
窓の外には、背の高い木々の間からこぼれる太陽のもと、鮮やかな色のサリーに身を包んだ女性が二人、ゆったりと歩いている。この辺りは、水田が点在する緑豊かな村なのだ。通り過ぎる建物は、どれも鮮やかな色に塗られ、どこか南欧風だ。私達を乗せたバスは、車体がバラバラになるのではと心配になるほどのスピードで、くねくねと曲がる狭い道の対向車線を走りながら、前の車を次々と追い越して行く。
街へと近づくと、バスが更にガタガタと揺れ出し、あちこちでクラクションが鳴り響く。土ぼこりと日に焼けた建物に囲まれたマルガオに到着だ。目的地のマーケットは、バスターミナルから歩いて5分ほど。照りつける太陽が肌を焼くように暑い。
倉庫が連なったようなマーケットは、壁一面にある窓から風が通り、清潔でサッパリとしている。鮮魚、乾燥させた魚、野菜と果物類、日用品、肉類、と商品別に建物が別れていて、それぞれ、いく筋かの通路沿いに売り子が並ぶ。
鮮魚を扱う建物では、アラビア海で獲れたサバや海老、イカなどから見たこともないような魚がズラリと並び、見るからに新鮮そうだ。目にも留まらぬ早さで小さな舌平目のような魚の皮を剥いている女性や、ナイフで豪快に大きな魚を捌(さば)く男性など、市場の人の手際が良い。値段は交渉で決めるようで、友人はサバ4匹を「地元価格よりも大分高い」180円ほどで購入し、奥の建物で内臓と頭を取り除いてもらった。
このサバを使って、唐辛子と酢とスパイスで作ったペーストを詰めて焼くゴアの料理を作る予定だったが、市場近くの食堂で、お昼に同じ料理を食べることができた。お昼の定食は、海沿いの街だけあって、おかずは全てシーフードだ。メインは、サバとゴア名物のフィッシュカレー。カレーの白身魚は骨が多くて食べるのにひと苦労したが、ココナッツミルクが利いていてまろやかだ。サバは、薄い衣を絡めて香ばしく焼いてあり、酸味のあるペーストがサッパリとして、飽きが来ない。そして、脇に添えられていたのはアサリや桜えびを炊いた料理で、どこか懐かしい味わいだった。お客さんが次々と入ってくるのに席が埋まらないと思っていたら、隣にあるエアコン付きの部屋に入っていくようだ。値段はそちらの方が少し割高とのこと。
家に戻ってから、歩いて5分ほどのビーチへ向かった。キャベロッサムはロシア人の観光客が多く、看板もロシア語が併記されているが、カフェバーが数軒あるのみで、落ち着いた雰囲気だ。片栗粉のように粒子が細かい砂は、歩くたびにキュッキュッと音をたてる。そろそろ日が沈むというのに、まだまだ多くの人が名残惜しそうに波に揺られていた。太陽が沈み行く海の向こう側はアフリカ大陸だ。家で作った焼きサバは、レストランとはひと味違う美味しさだった。
<旅の情報>
東京から、デリーとムンバイを経由してゴアへ。ゴア空港は空軍と敷地を共有しているため、あちこちに「撮影禁止」のサインが貼ってある。ゴアで日常的に話されているのはコンカニー語だが、ヒンドゥー語と英語もある程度は通じる。通貨はインドルピーで、物価はインドの外の地域よりも高め。移動は、値段が確定しているプリペイド・タクシーがお勧めだ。
*この記事は、2018年3月26日付で朝日新聞デジタル版&Travel「あの街の素顔」に掲載されたものです。https://www.asahi.com/and_travel/20180326/11889/
